Zouerat



 アタールから北へ300kmほどのところに黒々とそびえる大きな山があり、その山からとれる鉄鋼石の採掘のためにできた町である。

 1935年にケディア・ディジル(Kedia  d’idjil)の鉱脈がフランス人により見つけられた。だが植民地としてモーリタニアをおさえていたフランス政府は鉄鉱石の輸送の困難さとそれにかかる費用を考え、実用化を見合わせた。そしてモーリタニアが独立した後、ヨーロッパ数ヶ国の鉄鋼企業から巨額の資本を導入して、ヌアディブまでの鉄道が敷設され、大きく繁栄する。

 1960年終わり、鉱山の運営をめぐって鉱山争議が起こるが、1974年にそれまで国際資本によって運営されていた開発会社を国営化して争議が終結した。

 ズエラットは1960年以降、最盛期には国の内外から多くの労働者が集まり、繁栄を極めた。1989年の最盛期には年間1,200万トンもの鉄鉱石が発掘されたが、1990年代になって鉄鋼業が世界的に不振になると衰退への道をたどる。繁栄期には、技術者、関係者を宿泊させるため新しい宿舎などが竹の子のように建設された。市内はマンションや学校、病院等モダーンな建物が立ち並ぶ。
 
 一時、最盛期の活気を失い、外国人で溢れていたレストランや遊技場などがすっかりさびれてしまったが、ここ数年、鉄鉱石の需要の増加、鉄鋼の値上がりで再び活気を取り戻している。

 ズエラットを歩いているとモーリタニアの他の都市では見られない、外国人労働者が多いことに気づくに違いない。他の都市に居住する外国人は多くは外資系会社員、国際機関の関係者や軍隊などで、この国ではハイソサエティを確立している。それに引き換え、ズエラットでは外国人の普通の労働者がたくさんいるので奇妙な印象を受けるのだろう。人口3万人。

 
 ズエラット近辺の景色は、モーリタニアの一般的土壌の赤い色と、真っ黒な鉄鉱石が交じり合った奇妙な光景だ。フデリック(Fderik)鉱山を筆頭に、エル・レン (El  Rhein)やンハウダ (Mhaoudat)などの鉱山が数多く点在する。そして、この公団SNIMのズエラットで働く従業員は約2000人。
 2007年ごろから、金やダイヤモンドの探索も始められた。
フデリックは既に鉱山が閉じられ、今ではもっと奥地で開発が進む。フデリックの山の麓にある使われなくなった機材 スエラットの町並み。町は高級官僚の住む地区と、鉄鋼公団の一般従業員の町と、商店街とに分かれる。 鉄鋼公団の関係者が利用するホテル・オアシアン。町で鉄鋼開発を始めた時からオープンしている古いホテルだ。




ズエラットとヌアディブを結ぶ電車

◆世界一長い、世界一重い貨物列車 

鉄道は、フデリック(F’Derik)のコンビナートから荷積みされる鉄鉱石をヌアディブの港まで輸送する為の物で、1963年運行を開始した。
現在稼動しているのは21機関車、アメリカのゼネラルモーター社製のもので、3300馬力。1度の輸送に4機関車が全部で220もの車両を走らせている。1つの車両が空の時には20トン、積載時には100トンにもなり、なんと総重量が22,000トンにもなる。

 ヌアディブの乗り場は、港(Port autonome)から北に約1kmほどのところ、近年まで駅舎となっていたバラック建ての建物が作り直されて新しくなった(といっても、かなり質素)。ここからシューム(Choum)やズエラットに行く列車に乗る。乗客の乗れる列車は1日1本、出発時間は15時だが、13時ごろから並び始める。客車が1両しかない上、客が多いので混雑する。明るいうちに出発できたらラッキー!

 シュームまで800ウギア、ズエラットまで1,000ウギア。シュームに着くのは翌朝明け方、ズエラットまでは15〜20時間。途中何もなければ翌日着くが、途中で動かなくなって2日かかることも度々あり、なんとしても早めに並んで席を確保したほうが良いかもしれない。

 また、貨車に積み上げられた鉄鉱石の山の上にただ乗りする人もいるが、日中の過酷な日差しと、夜間の厳しい寒さ、併せて急な停止などで振り落とされる危険も大きいのでお勧めできない。

 ヌアディブからシューム、またはズエラットまで乗用車を列車に乗せる場合には、ATTMに問い合わせる。どの列車にも乗れるわけではないので、前もってインフォメーションを集めておかなくてはならない。しかも、度々予定が変わる。搭乗させるのも、乗客が乗る場所と同じ所ではないので確認が必要。料金は乗用車で、ヌアディブからシュームまで10,000ウギア、ズエラットまで15,000ウギア。ATTMの連絡先 :п@574-5174

 2008年11月現在、走行している列車は一日平均3往復。鉄鋼石の加工技術が進み、かつてこぶし大にして積まれた鉄鉱石が今では粉末状にされてワゴンに積まれているのだそうだ。そして、機関車の性能が向上し、鉄鉱石の形状によって、115車両を2基の機関車で引いてヌアディブに運ぶこともある。

 全長650kmの線路には1kmごとの標識が立てられ、8つの線路守りの部落が設置され、線路の保守にあたっている。単線だが、8つのポイントで2線路になり、すれ違うことができるようになっている。一カ所ストップすると全部の列車が止まり、修理が済むといっせいに動き出す。だから、列車の通る時間はあってないようなもの。沙漠の中、強風が絶え間なく続くこの線路で、わずかな砂や小石が大きな事故になりかねない。そして1度ストップすると大変なロスになるので、線路は多くの作業員たちが終日、入念なチェックを行っている。鉄鋼公団はこの従業員らの為に、水や食糧を各部落に届け、高額な給与を支払って線路の保守を完備させているという。

 そして、線路沿いには井戸がほとんどない乾燥地帯だが、鉄鋼公団は地元の遊牧民のために水をわけてやっている。この恩恵を受けて、多くのラクダが周辺に住めるようになった。


◆世界一長い、世界一重い貨物列車でなくなってしまった鉄鋼輸送列車

 2009年9月、SNIMと列車の運行について問い合わせたところ、かつてのように230ワゴンを連ねて走ることがなくなっているという。

 現在使用している機関車はアメリカのEMD製ジーゼルエンジンを搭載、ひとつの機関車で3300馬力。この機関車が一度に2基、ないし3基でワゴンを引っ張っている。1基の機関車が引くワゴン数は56個(個というのかどうか?)なので、2基で112個のワゴン、機関車3基で168個のワゴンを輸送する。
 ワゴンひとつの重量は20トンで、鉄鋼を積み込んだ重さは全部で100トンになる。

 ヌアディブからズエラットに向かう列車(一般に空荷、時々、途中の村落やズエラットなどで使用する生活必需品、水、プロパンガス、家畜などを乗せることもある)の出発時間は、基本的に14:30、17時、22時の3回。反対にズエラットからヌアディブに向かう列車の出発時間は12時、16時、18時の3回。ズエラットからの列車は満載なので、走行時間が空荷の時より1時間ほど長いという。

 それぞれ3回出発する列車の中で、客車がついているのはヌアディブ発14:30のものと、ズエラット発12時のものだけで、途中シュームの町で停車する。
 

快適な観光列車 デザート・トレイン 
 2003年秋以降、10月から3月末の観光シーズンに、「デザート・トレイン」と呼ばれる、観光用の列車が2004年から運行し始めた。パリ〜アタールのチャーター便やアタールを中心とするツアーを行っているポワン・アフリック(Le point Afrique)がプロデュースし、SNIM鉄鋼公団の子会社である旅行社が開設した。

 クーラー付、ガラス窓のついた観光列車で、ベルギーやスイスから輸入した中古の寝台車や牽引車などを利用している。ワゴンは2つ、寝台は30席。
アタールから4×4車でシュームまで運ばれたツアー客は、シュームからこの列車に乗ってベナミラへ。一泊した後、再びシュームを通り、ズエラットへ行って手前でキャンプ。そして、ズエラットを観光した後、シュームのそばで4×4車に乗ってアタールへ向かうというコース。

要予約。週1往復。(2008年秋からの観光シーズンは、クーデターや治安問題で旅行客が激減し、デザート・トレインは操業をストップ中)

 この観光列車のインフォメーションはSOMASERTで。 ヌアディブ 574-9042 / 574-2991


 はるかかなたからゴーッという地鳴りのような音がすると 点のようなものが見え、徐々に汽車の姿に見えてくる。なんだかドキドキする。  エンジン2基を搭載したロコモティブだそうだ。
 そばに来ると地面が揺れる!
 そして230両の世界一長い、世界一重い貨物列車。
線路のメンテナンスは列車をストップさせない為の最重要事項。650kmの線路には8つのポイントに作業員の部落が設置され、多くのスタッフが入念なチェックを終夜行っている。 ズエラットで貨物列車にこっそり乗り込んだ人。水と食糧までしっかり準備しているが、命がけのただ乗りかもしれない。 一日平均3往復する列車に、一両だけ旅客車がある。中はイスはすべて取り外され、乗客たちは思い思いに陣取って、お茶を入れたりおしゃべりしたり・・・。
オーストラリアのエアーズロックに続いて世界で2番目、アフリカで最大の大きな石、ベナミラ。線路守りの部落ベナミラから約7kmほどのところにある。手前がベナミラの部落。
こちらはアイシャ。ベナミラから約3kmほど北にある石の山で、ベナミラの恋人と遊牧民たちの間で語られてきた。写真は後ろ側から見たアイシャで、山の大きな亀裂が女性器をイメージさせるのだそうだ。 アイシャの麓にオープン美術館がある。1999年12月にミレニアムを祝って、世界から19人のアーティストが招待され、その際に作られたもの。でも、ベナミラやアイシャの山肌にある色々な形の岩のほうがよほど美しい。
 
ズエラットの宿と食事

 ホテル・オアシアン (Hotel OASIAN) 
 40部屋、バンガロー12棟、14スチュディオタイプの部屋がある大きなホテル。 788、789

 ミネルファ(MINERFA)
  鉄鋼業者がやっているホテル兼レストラン

他、小さな個人ホテルが数軒、また地元料理を出すレストランも数軒ある。
  
ズエラットへのアクセス

 ズエラットは西サハラの問題がおこる前、モロッコからセネガルへ抜ける主要ルートに位置し、旅人にとっても重要な町だった。今ではこのモロッコからのルートが閉鎖され、ヌアディブへ入ってくるようになってここを通過する旅行者はほとんどいない。

 ズエラットへ陸路で行くにはヌアクショットからアクジュート、アタールを経て755km。 アタールから304km。アタールまでは完全舗装道路だが、その先はかなりの悪路の部分が多い。
 
 飛行機の定期便はない。ただし、ズエラットの鉄鋼関係者が時折、ヌアクショット、ヌアディブから飛行機をチャーターすることがある。

 
ここから −アルジェリアまで約900km
            −シュームまで約200km
     −アタールまで約300km