Tichitt



 その昔、サハラを横断するキャラバン隊の街として栄華を極めた豊かな街チシット。旧石器時代から人が住んでいたのが石器などの出土から確認されているが、8世紀頃から近辺の遊牧民らが定住して街を形成したといわれる。
砂漠化によって街が砂に埋もれ、人々は他のアクセスのよい町へと移り住んで行った。街は弱小化をたどる一方で、今ではひとにぎりの有志らによって支えられている。ユネスコ世界遺産のひとつ。


 


路地が複雑に入り組んだチシット旧市街
 過去の文化の豊かさをしのばせる町並みは美しい。チシット特有の建物ははタガン地方で産出される石と粘土で造られ、外壁には知的な幾何学模様が刻まれている。ドアは遠方から運ばれてきた木材でどっしりと厚く頑丈独特の蝶番とボルトでとめられている。建物の内部は中庭を囲んで急な階段でいくつもの小部屋が連なり、まるで迷路のようだ。砂に覆われたり、2000年8月の大雨で石と粘土で造られた家々が崩れた。わずかに旧家が補修されて見学することができる。

    チシットの北側のティシット台地。タガン山塊からアラタヌ山脈まで続く、長く切り立った岩の山で、その壮大さに息をのむほど。
チシットのみどころ

 チシットのみどころといえば、上記の旧市街の家並みの他、中心部にある
モスクで、ミナレットが高くそびえる11世紀の建造物である。

 アウカー湖Aoukar)の岩塩採取場も印象的な場所だ。3000年以上も前、チシットのそばに大きさが50,000kuもある湖があり、今ではすっかり涸れて、塩が浮き上がった平地になってしまった。その地表に浮き上がってきた塩岩を、町の貧民層の女性らが終日板などでかき集め、袋につめているのだ。たいへんな重労働なのに一日働いて400ウギア (約100円)と賃金はたいへん安い。袋につめられた岩塩は主に動物用で、遠くマリあたりに輸送されるという。
 チシット周辺には数多くの壁画が残っている。かつて木や草が豊かだったことを示すかのように、鹿や牛、キリンなどの動物が描かれている。チシットの東部にあるアクレジット(Akrejit)の壁画は中でも傑出している。
   アウカー湖の岩塩を集める作業人たち
 
チシットの宿と食事

 町の若者が中心になってチシット協会という地元振興会をオーベルジュ(Auberge)が建てられ2000年末より旅行者が、宿泊できるようになった。2〜3人用バンガローが3棟と、メインの建物に8人まで寝ることができる。メインの建物やバンガローは地面に絨毯がしいてあり、その上にマットレスとクッションを並べたサハラ・スタイル。食事はメインの建物で、地面にビニールクロスを敷き、その上で食べる。
街にレストランはなく、このオーベルジュか個人家に招かれる以外ない。
   
チシットへのアクセス

 チシットへ行くにはチジクジャからオフロード車で240km程、砂丘や岩場、フェシュフェシュといわれるパウダーのような砂で覆われたサヘル地帯など、砂漠の運行の中でも最も難しいところがすべてある非常に困難なルート。チジクジャでガイドをやとって、現地の慣れた運転でも9〜12時間かかる。              
 
飛行機でヌアクショットから直行便があるが、定期的に飛んでいないので充分情報を集めて利用した方がよい。