アフリカの人々生活の中には、たくさんの伝統的なしきたりや習慣が残っている。 首にリングをはめて長くしたり、唇に皿をはめたり、顔にピアスや刺青するなど、私たち日本人にとって驚くような風習であったりするが、それはその土地の価値観の中で、長い間にはぐくまれてきたもので、無用に面白おかしく話題にしたくないと思う。そして、古い悪習を改善する努力が始められているものもある。以下、 いくつか、モーリタニアの生活の中の社会問題をとりあげてみたい。 
 
 
モーリタニア女性の肥満とガバージュ
 
 モーリタニア、ニジェール、マリ北部に生活するアラブ・ベルベル系の遊牧民、とりわけモール系の遊牧民の間では、太った女性が美しいとされてきた。過酷な砂漠の中で生活していながら、妻がふくよかなのは豊かさの証であり、その夫の甲斐性の証でもあった。モーリタニアの民謡や歌謡曲に、太った女性を讃える歌詞がたくさんあり、またモール人のことわざに 「女性がこころの中を占める割合は、女性のからだの大きさと同じ」とあるなど、遊牧民の間で太った女性が美のものさしとされる習慣は根強い。

 モール人の女性たちは、ほぼ100%イスラム教徒でありながら、他の国のイスラム教徒のように顔を覆うこともなく、家の中にとじこめらることもなく、比較的自由に離婚し、子連れで再婚する。その女性たちの「美しさ」の秤(はかり)は太っていることなのだ。太っているほど美しい・・・・。太っているほど、周りからうらやましがられ、背中や腿の線条走っている肥満の筋を自慢しあう。そして結婚した後、ほとんど動くこともなくたくさん食べる、これが女性の誇りであり、何度も再婚して一段と太っているのがかっこ良い女性像なのである。
 
 かつてモーリタニアでは15歳くらいが適齢期で、太っていないと良い夫にもらってもらえないというような考え方をされていた。そのために、9歳から11歳くらいの少女に無理やり食べさせるガバージュという習慣があった。多くは祖母や叔母の役割だが、母親から子供たちを預かって、ラクダの乳を数リットルも飲ませたり、2kgものクスクス(小麦粉から作った小粒のパスタ。スパゲッティのみじん切りのようなもの)に、砂糖をやバターを混ぜたものを食べさせたりした。家庭によっては、5歳くらいから乳をたくさん飲ませて、胃を大きくし、適齢期にふくよかになるように育てられたりした。

 ネマやタンタンなどのモーリタニア西部の村落にはガバージュの塾のような組織(いわゆるダイエットスクールの肥満版)がある。6〜7月の雨季に家畜の餌が豊富な時期を選んで、指導役の老女(ガヴーズと呼ばれる)が数人の少女を2〜3ヶ月預かって肥満させるのである。太らせた成果がこの指導役の老婆の名声になり、次期の仕事の依頼につながるので、彼女たちは少女たちに無理やり飲み食いさせるために、つねったり、二本の棒で足の指をきつくはさんだりする。板を足の上に乗せて他の人が乗ったり、棒切れで足を挟んで大量の食事が終わるとそれをゆるめてもらえるというようなやり方もあったという。今ではこうしたガバージュ塾の数も人数も減ったというが、まだ実施されているところもあるようだ。

 1970年中ごろから砂漠化が進んで、ラクダやヤギ、羊などの家畜が激減するようになるが、それでも地方の遊牧民たちの間で一段とこの習慣が根強くなる。適齢期を迎える少女が太っていないと、十分に太らせることもできないダメな家とみなされてしまうからだ。15,16歳で結婚する女性が太っていると、ガバージュをきちんとできるほどの良い家庭、経済的に豊かという証だったのである。ラクダの乳は、優先的にこの少女たちにあてがわれた。彼女たちは1日中8〜10リットルもの乳を飲み、寝る前に5リットルを飲み干さなければならなかった。適齢期(15,6歳)で85kgというのが目安だったという。そして太っていれば太っているほど美人、セレブの出とされ、太らせることがエスカレートする。無理やりの方策も過激になり、時に窒息死した少女までいたらしい。14歳で145kgもある少女がいたという記録もある。

 一方、都会では近年、太る薬”Anactine"が非合法に売られるようになった。モロッコで製造される抗ヒスタミン薬品で、食欲を増強させる。また、販売が禁止されているラクダを太らせるステロイド剤も、ヌアクショットの市場で密売されている。後者は太るのではなく、膨らませる薬品で、さまざまな副作用が問われている。
1箱50円ほどで買えるので、都会でガバージュが行えない貧困層の黒人女性たちの間で、これらの薬品がひそかに使用されているという。

 こうした、無理やり太らせた女性たちはさまざまな健康問題がある。12歳ですでに体の機能は40歳といわれるほど、肉体の老化が進む。妊娠トラブル、さらには、高血圧、心臓病、そして肥満による関節痛、糖尿病など・・・。こうした症状が若いうちから現れる。


 政府が進める肥満対策

 ネマで行われているガバージュ塾について、1983年、イタリアのA.gaudeioとR.Pelletier著による「性を禁じるイスラムと女性」(Denoel出版)に記載され、モーリタニアの肥満が脚光を浴びた。

 そして、1984年、社会学者アウア・リ・タル(Aoua Ly-Tall)女史が、セネガルのダカールで行われたセミナーでガバージュの引き起こすさまざまなトラブルを発表。

 2001年に国立統計局が実施したアンケートによれば、ガバージュを受けたことのあると答えた人は、40歳以上の女性は3人に1人、19歳以下の女性では10人に1人という結果だったという。

 2004年にブルキナ・ファソで「女性暴力に関する西アフリカの伝統フォーラム」を機会に、モーリタニアのガバージュを廃止する積極的な動きが出てくる。テレビでヨーロッパなどのファッション・モデルや女優の映像を出して、スリムな女性が美しいという宣伝をしたり、太った人の弊害を記したパンフレットを配布したりし始める。

 2007年ヌアクショットの中学校の若い女性にアンケートをとったところ、90%がガバージュに反対しているという。理由は、太りたくない、社会的にアクティブな生活をしたい、病気になりなくない、若いうちに結婚をしたくない、早くから肉体が老化するのが嫌、拷問のような仕置きをされるから怖い・・・などさまざま。

 2007年5月、モーリタニアテレビ局の人気キャスター、フーリヤ・ミント・シェリフ(Houriya Mint Cherif)が「ガバージュ反対に手を上げる若い女性が増えている」とテレビで発表。ガバージュなんて、昔の話、嫌な思い出です。女性がふくよかなほうが良いというのは、メラッファ(女性の民族衣装)を痩せた人が着ると貧相に見えるので、ふくよかなほうがメラッファが似合うからです。日程は確定していないが、ヌアクショットのジャーナリストの間で、アンチ・ガバージュの会議の開催も計画されています」と発表。

 ヌアクショットの開業医ドクター・ファル(Dr.Fall ould Abri) は、「ガバージュをした女性たちは、深刻な心臓欠陥病、高血圧や糖尿簿などの危険があります。また、妊娠の際にも、通常より陣痛がひどいですし、乳児の健康にも問題がでてくる。ですから、ガバージュは女性にとって非常に危険なのです。
 幸いにも近年、ガバージュがだいぶ少なくなりました。スポーツをする女性も増えています。」と、2007年9月に放映されたフランス2のテレビ番組でコメント。

 しかし、モーリタニアの一般男性に女性は太っているほうがよいか、痩せているほうが良いかと質問すると、10人中8人は太っているほうがよいという返事が返ってくる。そして、中年以上の母親に同じ質問をすると、10人中7人は「ガバージュはしたくないが、太っているほうが良い」と答える。
 アドラール地方の13,14歳の少女たち数人にガバージュについてどう思うと質問したら、「やりたい、やりたい!」と明るい声が返ってきた。彼女たちはお金がないのでガバージュができないけれど、そのお金があったらガバージュして太りたいと答える。ダイエットスクールに行く感覚なのかもしれない。
病気の弊害はわかっていても、好みが変わるまでにはもう少し時間がかかりそうだ。

 ウォーキングやジョギングなど、ダイエットの為にスポーツをしているのは、まだまだ知的階級または金持ちの中の一部で、筆者がヌアクショットのオリンピックスタジアムで、数日夕方チェックをしていたところ、参加している女性は10〜20人程度。国民全体(約300万人)のうちの、本当にごく一部であるが、変化の兆しなのかもしれない。