町の真中を大きな乾河が縦断し、底に砂がたまって小さな砂丘となっている。かつては幅50m以上もあったと思われる大きな川底だが、今は水たまりさえできず、車や人々が砂丘の中を往来している。
この砂丘の東側にある旧市街は12世紀からの建物が残っている一角で、石を積み重ねて作られた家々が並ぶ。家の中は中庭があり、それを囲むように狭い部屋がマッチ箱を重ねたように続く。砂に覆われたり、崩れかかっている家もあるが、まだわずかに人が住んでいる家があって、狭い迷路のような路地を散策していると、ときどき扉があいて中から住人が出てきたりする。
シンゲッティの墓地
シンゲッティは古くからイスラムの文化人の集まったところ、イスラムの大学があったところで、街の中の図書館 (Biblitheque)には5000冊を越える古書が残されている。12、13世紀にみごとな書体で書かれたアラビア語の本や、金・赤などの装飾を施した聖典など、重要な文化財がたくさんある。図書館自体13世紀に建てられた古いもので、この建物の中や書物を見学することができる。
図書館の隣にあるのが旧モスク。12世紀に建てられたもので、比較的小さなモスクだが、ミナレット(尖塔)の形が美しいことで有名。現在でも使われていて、町の人々が1日5回お祈りに集まってくる。残念ながら、イスラム教徒でないと中に入れない。
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正面から撮ったモスク |
旧市街にある、2代目市長モハメッド・マレイニンの家も古書のコレクションで知られている。ここはまた、一般の人々に家を開放して宿泊できるようにし、ヒーリングの家(Maison du Bien-etre)と呼ばれている。新市街のキャラバン宿ができる前は、ここだけが町の唯一の民宿で、メッカに向かうモーリタニア人や海外からの旅行者などが数多く泊まった。
乾河を渉ると西側が新市街。旧市街が砂に埋もれ、砂を掻いたり建物を階上に増築したりしてなんとか住み続ける努力をしてきた人々も、いつかあきらめて西側の高台に移ってきた。町の中央に市場や警察、病院、郵便局、ガレージいろいろな店が並び、旧市街と違って現代的な活気がある。
新市街に入ってすぐ右手に大きな墓地がある。シンゲッティの町が始まった時から続いている墓で、何回も砂に覆われ、その上に墓ができ、また砂に覆われつつして、現在私達が目にする墓は7段目のものだという。
その隣にあるのがキャラバン宿(Auberge des Caravannes)。 シンゲッティ振興青年団の会長であるモハメッド・ウェナンが経営するホテルで、ヨーロッパからの観光客が増え、年々増築されて2000年には乾河の向こう側、旧市街のはずれにアネックスも新築された。モハメッドは家をフランスのボランティア医師らに提供したり、ホテルで残った食べ物を町の貧しい人々に分けたりして地元ボランティアを行っている有名人。
アタールからシンゲッティに向かってまもなく雄大なキャニオンが目の前に立ちはだかる。これがエブヌー峠で、アメリカのグランドキャニオンそっくり、かつて陸続きだったという噂がなるほどと思えてしまう。まるでジュラシックパークの映画に出てきそうな、大陸台地といわれる、上が平らな岩の大地が延々と連なっているのだ。台地のむき出しの崖面には色の違いによって地層がはっきり見分けられ、地学の教科書の写真にあったような断層や褶曲が見られる。この台地を登るのだが、車の通る道とは思えないほど大きな岩がごろごろしている路面、片側は断崖絶壁、もう片側は切り立った崖と危険極まりない道だった。頭の上には、大きいもので数メートルもあるような四角い岩々が積み木のように覆い被さり、いまにも落ちてきそうだった。道は狭くうねり、片側が絶壁で落ちるか、上から落ちてくるか、日本では絶対通行許可にならないような所だった。
ようやく2000年になって、この道路も作り直され、覆い被さっていた岩々は取り除かれたりならされたりして頭の上の不安はかなり解消され、その上なんと全面舗装までされた。道幅が広くなって絶壁から落ちる心配もなくなった。面白味が減ったといえばいえなくもないが、この峠で何人もの人が亡くなったことを考えれば、これだけ外国人観光客が増えたのであるから当然真っ先に行われるべき作業だったかもしれない。
途中、他の通行車のじゃまにならないところに車を停めて、この雄大な景色を堪能したい。
アモグジャール峠
エブヌー峠を登ると峠の茶屋とでもいおうか、小さなレストランと検問所がある。ここからは、シンゲッティまで台地の上の平らな部分を走るわけだ。シンゲッティまで洗濯板のような路面だったが、2003年から観光者むけに道路工事が進み、ほぼ舗装道路のようになった。峠の一部は舗装され、道路に迫る断崖の岩も年々改善されている。エブヌー峠は1950年代自費を投じて新道を切り開いたシンゲッティの市長エブヌーの名をとった。そして、旧道はかつてのまま開発されず、険しいアモグジャール峠が残る。シンゲッティまで約100km、両側に見えるのは岩が転がっている大地と時々生えているアカシアや雑草だけ。
シンゲッティへはメッカ巡礼する人々だけでなく、シンゲッティ巡礼として多くの旅人が訪れていた。ラクダで旅していた時代は、アモグジャール峠も台地の上の岩場も時間がかかったにせよ危険は少なかった。ところが車で行き来するようになると、峠も台地の上も危険な場所がたくさん出てくる。かつて、峠の茶屋からシンゲッティまではルート120と呼ばれる西側を通過するルートだった。岩場や崖のルートで、多くの人が命を無くしたという。

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エブヌー峠を登ってすぐそばのサガン砦 (Fort Saganne)はフランス映画の舞台として建てられた古代風門。近年造られたものだが、あまりに近辺の景色とマッチしてみごとなので古代のものかと見まがうほど。観光コースに入れられている。 |
またエブヌー峠とシンゲッティの間に壁画が点在する。岩陰に鹿やキリンや象、踊りを踊る人々の絵などが描かれており、数千年前に描かれたものらしいが、詳細はわかっていない。
旧市街にある図書館の中庭。旧市街の中にはこうした個人の図書館が数軒ある。
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13世紀ごろの本。シンゲッティの賢者たちは、コーラン(イスラム教典)ばかりでなく、数学、天文学などの本をコレクションしたという。 |
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